aiko『二人』

aikoのニューアルバム『秘密』から『二人』。これは本当に名曲。恋に落ちるまさにその瞬間の、感覚の高まり。一枚の絵画に向かい合っているかのような現前性(presentness)。冒頭、瞬発的に駆け出すイントロとともに歌が疾走をはじめるかと思いきや、ぐっと踏み留まるような歌い出し。


「夢中になる『前』に/分かってよかった/
もう一度だけ手が触れた『後』だったら」(二重括弧は引用者)


最初のフレーズで、この曲は「前」と「後」との境界線上にある、まさに今この瞬間(「吸い込まれそうな瞬間」)における出来事を描いていることが告げられている。この後、「隣に座って声を聞いた」様子が過去形で示されることで空間的・時間的なタメが生み出され、そのタメを通じて強調された、「あなた」が「今 こっちを向いて笑」うというモメント、その瞬間性と正面性が、聞くものに一挙に立ち上がってくる。横から正面へ、過去から今への、二重のプレゼンス。


「あたしの背中越し」に向けられる「あなた」の「あの子」への視線によって、向かい合う二人の、一対一の正面性に微妙なズレが導入されつつ、空間に広がりが与えられるが、ここでは未だ「あたし」と「あなた」が向かい合う基本構造が完全に崩れているとは言えない。むしろ驚くべきはこの次のフレーズ、第二のサビ部だろう。


「これは夢か/痛い今なのか/心震えてく/嘘も伝って」


この曲を貫く「あなた」と「あたし」との安定的な空間構造のなかにあって、唐突に差し挟まれるこのフレーズでは、心が掻き乱され不安定な様子が、不安定なままに示されている。端的に言って、歌詞の意味が分からない。世界の底が抜けたかのように感覚は行き先を失い「帰りの道が見えな」くなる。


「見つめられれば/恥ずかしいけど/目を反らしたら/気付かれそうだから
同じ様にあなたを見た/吸い込まれそうな瞬間」


「同じ様にあなたを見た」まさにその時に、二人の間に立ち上がる正面性。「夢中になる前」でもなく、「手が触れた後」でもない、前と後との間に立ち上がる「吸い込まれそうな瞬間」。二度繰り返されるサビ部ではこのような、あたかも一枚の絵画にいまここで向かい合うような現前性が到来し、感覚の高まりそれ自体が鮮やかに描かれる。駆け出すイントロに対してぐっと踏みとどまるかのような抵抗感をもった歌い出しに、「吸い込まれそうな」その場、その瞬間に留まろうとする、この曲のもつテンションの有り様が凝縮されている。


この決定的な歌い出し、絶対、ライブで聞くべきだよなー。ここが聞けるだけで、行く価値あるよ、きっと!
http://aiko.can-d.com/tour.shtml