ティツィアーノ「コンサート」(1511/1512)

kosuke_ikeda2006-09-17

ティツィアーノ「コンサート」(1511/1512)。画面中央を黒く覆うマント、それに身を包んだ男が鍵盤を弾く。画面左下、そこに張り付いたまま離れていない手の様子を見ると、つい今まで、中央の男は音楽に没頭していたようだ。しかし、その演奏は、画面右側のもう一人の男に間断を要請される。肩に右手をおかれた鍵盤奏者は演奏を止め、聖職者を思わせる厳格な衣装をまとった男の方へと視線を投げる。画面は中央に配されたこの二人によって、暗く、しかし均整のとれた構図を獲得している。


と、そこからもう一人の男が画面左より現れ出てくる。羽毛の飾りをつけた世俗的な身なり。この男の明度の高い調子は、彼を画面中から不自然に浮かび上がらせる。演奏の止んだ鍵盤から目を上げ、ふと鑑賞者の方へ視線をやる男。ここにもまた、中央の男と同様の、視線の移動がある。よく見れば中央の演奏者の肩にかけられているのは、この若者の右手であるのかもしれない。それは演奏者を再び音楽の方へ導く。ここにおいて中央の手は、その演奏を中断し、同時にそれを再開の方へと誘う、いわば蝶番として機能する。その蝶番を軸にして演奏者の意識は聖職者(信仰)へも、演奏(享楽)へも向かい得るだろう。二者間の宙づりの中で、演奏者の手は永遠に鍵盤の上で凍り付いたままとなる。