個展、ご来場感謝。物語の問題

今月末まで開催中の個展(詳細こちら)には9日のオープニングをはじめ、多くの方に来て頂いていて感謝です。聞こえてくる限りではそれなりの反応を頂けているようで、うれしいです。会期は今週末の土曜日までですが、クンスト・オクトーバーフェスト'09(バスツアー)もあり最終日は人が多い可能性も。ゆっくりご覧になりたい方は平日にぜひ。ビール好きの方は土曜日にぜひ。今週金曜日、土曜日はだいたいギャラリーにいる予定でいます。


こういったレヴューもちらほら頂いています。ありがとうございます。
http://blog.masayachiba.com/?eid=1101392
http://d.hatena.ne.jp/OEIL/20091011/1255258852

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ようやく個展がはじまり制作に一区切りついたので、煩雑めな仕事をかたづけながら(こういう仕事は制作に集中してる間は全然進まない)、ひさびさに小説をいくつか読んだりしていた。『意味の論理学』所収のドゥルーズトゥルニエ論は好きだったんだけど肝心の小説の方は読んでいなかったミシェル・トゥルニエの『フライデー、あるいは太平洋の冥界』。トゥルニエのロビンソンは、そもそもデフォーの『ロビンソン・クルーソー』の翻案なわけだけど、『人魚姫』の翻案としての『崖の上のポニョ』と重ねて読むと面白いんじゃないかという予感。


デフォーのロビンソンは無人島で「野蛮人」や野獣におびえながらも家を造り、田畑を耕すことで、文明を構築していく。その後「野蛮人」フライデーを(殺し損ねることで)助け、奴隷にして、自らの文明の中に取り込んでいく。トゥルニエもある段階までは、こういうロビンソンとフライデーの関係を踏襲するのだけど、やがてフライデーが様々な形でロビンソンを裏切り始めて、やがて島に仕込んである火薬を爆発させて築いた家を吹き飛ばしてしまう。この辺りから、ロビンソンとフライデーとがほとんど一体化しつつ、フライデーの放逸で理解不能な行動に巻き込まれるように、合理主義者ロビンソンもまた、しだいに錯乱をきたしていく。ここでのロビンソン-フライデーの関係は宗介-ポニョの関係と近いように思われる。宗介は冒頭、異常なくらい大人びた子供として描かれ、正義感からポニョを助けるが、後半ではポニョの意味不明な睡眠や変身に巻き込まれ、泣き出したりする。


いったん話が外れるけど、普通に言えば「ポニョ」の面白さは、その運動性にあるわけで、とくに中盤、宗介をのせたリサの車が海岸沿いの崖を疾走し、それを津波の上のポニョが猛烈なダッシュで追いかける、あのシーンなんかは宮崎アニメが描いた運動の中でも際立っていると言えるだろうし、よく指摘されていることだと思う。まあそれは当然としても、ポニョの作品としての「異様さ」は、むしろそういった運動性と共に展開される近代型の物語を消費し尽くした「後」の時間を描いてしまったところにあるんじゃないかと考えてみたい。


これは8月にSpiralでのシンポジウム(参照)で少し話したことでもあるんだけど、『ポニョ』の後半はとても不思議な物語性を持っていて、これがこの作品を突出したものにしている。そもそも『人魚姫』であれば物語の結末に、人間と魚との中間にある人魚が、インディヴィデュアルな「人間」になるか、ディヴィデュアルに霧散し「海のもくず」となるか、という決定的な選択を迫られて結末を迎えるわけだけど、先のような過剰な運動性のはてに物語のクライマックスをへて崖の上で宗介と結ばれたポニョには、人魚姫のような決定的な選択を迫られることがない。その後、かろうじてリサ探しという動機が与えられるけれど、ポニョにとってはもはや動機にすらなってない。すべてが終わった後に、自らの意志と関係ないところで変形が起こる、人間と魚の中間の状態を生きる時間。突如デボン期の海が出現するこの後半は、どこか神話的な手触りを持った時間でもある。これはほとんどポストヒストリカルな(歴史=物語以後の)物語を描いてると考えられるんじゃないか、と。


ちょっと長くなったので、ロビンソンとつなぐのはまた今度、気が向けばということにして、とりあえずざっと言ってしまうならば、こういったポニョ的な物語性は、トゥルニエのロビンソンのなかでフライデーが家を爆破してしまったあと、ロビンソンとフライデーが一体化しながら、その内側から自己の錯乱が引き起こされていくような時間の描かれ方と近いんじゃないかと。こういった「物語」ーーオタクカルチャーにおいてはキャラクターのほうが重要なんだという議論が強いわけですがーーに最近関心があるようです。この辺りは、こないだまでオペラシティで展覧会をしていた鴻池朋子さんや、別の文脈で話をしたクリストファー・ノーランメメント』なども含め、文学・映画・美術など、様々な媒体を貫いて問題になりそうなところですし、今後考えていければと思っています。