マーク・ロスコ 瞑想する絵画

マーク・ロスコ 瞑想する絵画:川村記念美術館
http://kawamura-museum.dic.co.jp/exhibition/index.html


行ってきました。そしてロスコが分からなくなりました。


あまりちゃんと誰かから話を聞いていたわけでもないけれど、何となく好評なようなのでフツーに楽しんでおこうと思って行ってみたら、シーグラム壁画、かなり意表を突かれました。一度見て、「あれ、こちらのチューニングがおかしいかな」とおもって、すこし休憩。それから二、三度見ても、どうもしっくりこない、というか展示されている作品との関係がうまくつくれない。


一年前に同館で開催されていた『マティスとボナール』という展示があって、この二人のヨーロッパ作家のアメリカ的な展開がそれぞれニューマンとロスコに対応してるはずで、「ニューマン・ルーム」「ロスコ・ルーム」を持つ川村記念美術館としては、すごく正しい展示だと思っていた。マティスの赤を画面全体に拡張するとニューマンになるのは当然として、ボナール的に色調を微細に調整することで画面全体の調和を生み出す路線を延長すると、ロスコみたいな「煮込み系」の、すべての色が暗さの中で溶解しているような画面になる、と。もちろん、普段の川村記念美術館のロスコ・ルームは観客の深沈を要請すべく暗く光量を落としていて、どう考えても演出しすぎな訳ですが。とにかく、身体よりも大きな画面と観客とが一対一で向き合い画面内の密やかな色彩の呼吸を感じとる正面性か、あるいは複数の画面に観客が柔らかく包み込まれる包容性か。どちらにしても観客との親密さの中でひっそりと作品の秘密を打ち明けてくれるようなところが、ま、悪くはないけれどなー、と思っていたわけです。実際、シーグラム壁画の15点をまとめたメイン展示室以外のロスコ作品は、今言ったような感じの傾向に大体収まる。


ところが、シーグラム壁画は、まず作品が架けられている位置が高く(おおよそ観客の顔の位置あたりに絵画の下辺が来る印象)、普段のロスコのように観客と対で向き合うというよりは、見上げるような感じになって、先に書いたような親密さを形成できない。高いと言っても、教会の天井画のように開放感をもたらすようなものでもない、あるいはイコン画にも高い位置に架けられるものがありますが、こういった「届かない」ということを媒介とした否定神学的な崇高感とも違う。ある意味「中途半端」な高さと言えるでしょう。さらに壁面ごとに、キャンバスの縦の長さがほぼ等しい作品がシリアルに並んでいる。それぞれの画面は縦方向の太いラインを強調したものが多い上に、それぞれの作品同士の間隔はかなり詰められていて、ニューマンの白いジップのようにすら見える。つまり数枚の正方形に近い絵画が組み合わされてできた横長の画面のなかに、縦長の矩形がずらっと横並びにされているような。巨大な映画のフィルムのコマを横にしたかのようでもあり、作品に近づいて見上げても、横方向の流れが強すぎて向き合うような関係性をつくれない。圧迫感とも微妙にちがう、緩やかで浅い川の流れに足を置いて立っているように、そこに居るだけで何となく疲弊してしまう。


これは決してネガティヴな意味で書いているわけではなくって、予想だにしなかった別のロスコを観れた、という衝撃がありました。ただ、そのぶん違和感を馴致するまでにかなり時間がかかったことは事実です(結局、最後は閉館時間がきてしまった)。展示の位置がかなり高めなのは、この連作壁画がそもそもレストランの壁に展示されることを想定した上でのプランだからでしょう。先立って開催されたテートモダンでの展示では、ここまで作品間の距離は狭められていなくって、今回は、よりロスコ自身の意図に近いものであるようです。


これまで、川村記念美術館のロスコ・ルームで観客を「深く」魅惑してきた作品が、この展示室で全く違う表情を見せていることを思えば、展示というのはなんて強く作品を規定してしまうものかと。この連作壁画の次に現れるワシントンのナショナルギャラリー所蔵作が中心の黒のシリーズなどは、いわゆるロスコ的な魅力が凝縮された質の高い空間を構成しています。そのままではどうにも気になってしまいそうなので書いておきました。それだけ「引っかかる」経験であったことは確かです。瞑想できないロスコ。


会期延長、今週木曜日まで。
マーク・ロスコ 瞑想する絵画 川村記念美術館
http://kawamura-museum.dic.co.jp/exhibition/index.html


参考(今年のテートモダンでの展示)
http://www.msnbc.msn.com/id/26870938
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/markrothko/roomguide/room3.shtm
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/markrothko/roomguide/room6.shtm