■ハーバードミュージアムにて開催されている"Frank Stella 1958"は小規模ながらも重要な展覧会だと思う。僕らはしばしば記念碑的作品というものをあたかも、ある固定化した歴史の中の必然的な産物として捉え、それが生み出されるまでの作家個人の作品展開を見落としてしまいがちなのだ。柄谷氏の言う特異的・単独的歴史とはそのような歴史観を批判的に捉えるためのものとして機能している。トランスクリティークにおいて強調されている「視差(Parallax)」ということを考えれば、「こうでもあるかもしれなかった」という可能世界と、「にもかかわらず、こうでしかない」という現実、この二つの視差を通じて世界を見るというヴィジョンが一貫してあるのだと思う。


実際、1958年の始め頃ですら、ステラはロスコの影響の強いと思われるカラーフィールドペインティングを制作していて、しかもそれらの多くは、太い横ストライプに方形が重ねられ、その単調な構成が大きな画面のなかでなんとも退屈に見える。やがてストライプ上の方形が消え、残されたストライプはキャンバスの矩形と対応する形を描き始める。今、画像が手元にないのが残念なのだが、この展覧会のメインに据えられている、最初のブラックペインティングというべき作品は、白のストライプが手で描かれており、質感もロスコに近い。重要なのは、こういう忘れられがちなもの、あるいはマイナーなものを単にそれとして扱うのではなく、そのことと、にもかかわらずブラックペインティングが歴史的作品として残っているという、この二つの視差から歴史を再考することなはずなのだ。